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みんなの声

「患者の安全文化を創る」視点から

投稿者:谷田 憲俊 様 [50代/男性/医療関連(介護・福祉を含む), 医師(研究者、教育者)]

1.はじめに
 「病院から医師が消える?」のは、医療崩壊の一側面と思う。私は、その直接の契機は卒後臨床研修必修化と福島県大野市立病院事件(医療過誤をおかしたとされた産科医が外来診療中に逮捕・連行された)と考える。卒後臨床研修必修化では、市中病院から大学病院へと指導的立場にある医師の大移動が起こり、その分だけ市中病院は手薄となってしまった。福島県大野市立病院事件では、「(産科の)単独医師が事故の一因」という指摘がある医師逮捕の理由となった事故報告書も出されたので、第一線の病院から産科医が消えていった。
現象的には「病院から医師が消える」ことが一気に進んだように見えるが、実際にはそれ以前から日本の医療は大きな問題を抱えていた。それがこれらの直接的契機を引き金に一気に吹き出したものと考える。過酷な負担で追い立てられる臨床現場、理不尽な責任まで追及される実態、まるでそれに見合わない待遇、これでは耐えられなくなった医師が病院から去るのは当然である。一方では、救急車に乗っても何十もの病院から診療を断られるといった急患が続出している。もちろん、この事態は医療崩壊だけが引き起こしたわけではないが、医療崩壊は患者の命にまで影響が及んできていることを示す。これらの現象には種々の要因がからんでいるが、ここでは現在議論されている「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方について(以下、試案とする)」と「患者の安全を図る文化の確立」という点に絞って考えてみたい。

2.「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方」について
 診療関連死をどう扱うかという点が議論され、「診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方についての試案」も出された(1)。その中には、「このような新しい仕組みにより、医療の透明性を確保し、国民からの医療に対する信頼を取り戻すとともに、医療従事者が萎縮することなく医療を行える環境を整えていかなければならない」と述べられている。この視点は重要で、「患者の安全を図るための医療文化を確立するには、医療従事者が自発的・積極的に参画できる制度が必要」と言い換えることができる。このことは、患者の安全に関する先達である欧米諸国が繰り返し強調していることである(2,3)。診療関連死における調査の目的は、事故の原因を究明して再発防止につなげることにある。その目的を遂行するために参考となるのが、「患者の権利」のバイブルと言える書に「医療従事者を罰するという考えは患者の安全を図る思想と矛盾する」と記されていることである(2)。
しかし、試案では「診療関連死については、(中略)必要な場合には警察に通報する(診療関連死の中にも刑事責任を追及すべき事例もあり得ることから、警察に対して速やかに連絡される仕組みとする)」となり、刑事責任追及を明記している。日本医師会は「規則だから」として、「診療関連死は警察に届け出よ」と試案に賛成している(4)。しかし、問題ある規則ならそれを変えることがプロフェッショナルとしての責務であり、それが可能なのが民主制国家と思う。

3.なぜ「医療事故は警察へ」が世界の非常識なのか
報道によると、栃木県立がんセンターで2005年7月、膵臓がん治療のため術後の高カロリー輸液に備え静脈にカテーテルを挿入しようとしたが、うまく挿入できず動脈と肺を傷付け、患者は同年8月に死亡したとされる(5)。県警は担当医を業務上過失致死の疑いで書類送検する方針を固めたという。鎖骨下静脈穿刺術では、一般的に鎖骨下静脈に到達できるのは95%、気胸合併率は2~3%、血胸発生率は0.5~2%である。すなわち、ある一定の確率で事故は起こるのが医療である。鎖骨下静脈を正確に穿刺できずにほかの臓器を傷つけても、多くの場合は回復する。その場合は、その後の経過がよいので問題にされない。
すなわち、全く同じ傷害行為であっても、結果をみてから罰したり罰しなかったりすることになる。これは「医療行為は、はじめから何らかの傷害行為」なので、結果から判断すれば当然の結論となる。しかし、同一の傷害から回復するか回復しないかは、患者の自然治癒力も含めて医学医療の枠外の要因にもよるので、医師が最善を尽くした結果が、ときとして回復、あるいは回復しないという結果に至る。その責任を問うのであれば、薬を使用して害反応が生じた場合も傷害罪(患者が死亡したら過失致死罪)に問われることになってしまう。薬による何らかの害反応を経験していない医師は存在しない。例外なく全ての医師は傷害罪を犯していることになってしまうので、そのようなことを犯罪性ありと考えては医療が成り立たない。すなわち、医療において結果から振り返ってその元の責任を問う不合理性は一目瞭然である。そういったことをしているのは日本くらいであり、「通常の医療事故に警察が介入し、刑事事件として裁く国は、実は日本以外にほとんどない」(6)。アメリカでは、医療事故から刑事責任が問われた例は全くない(2)。
日本の動きは、保護的(保身的)医療による患者への被害を防止しようとする国際的な流れと正反対である。アメリカでは、2005年に「(患者の安全を図るために)自発的に届け出た事例は医療裁判の証拠として用いられない」という明文法が成立したばかりである(7)。刑事に付される懸念がないアメリカが、民事においてさえ医療事故調査報告書は裁判に用いないという意図を明確化させている。イギリスの「英国患者安全機関(National Patient Safety Agency)」にも刑事に付すという項目(対策)はない(3)。すなわち、「医療事故を警察へ届け出る」という考えは、日本に特異な考えで「患者の安全を図る医療文化を形成しよう」という国際的・標準的な考えに反するものである。
試案には、「医療側には診療関連死を異常死届出義務の対象から除外し、自己を業務上過失致死事件の被疑者の地位におくことを回避したいから」という意見がある。かりに医療従事者にそういった希望があったとしても、それは「患者の安全を図る医療文化を形成しよう」という国際的・標準的な考えに合致したに過ぎない。傷害を前提としている医療に対して、結果から責任を問えば、医療全体を「角を矯めて牛を殺す」結果となり、決して患者の利益につながらない。「角を矯める(安全を図る)ためには、問題となりそうなことは避けるのが最善である。すなわち、「診療行為に少しでも危険を伴う患者、あるいは重症患者や異常分娩は診ない」ことに尽きる。「それは医療倫理に反する」という指摘もあろうが、「角を矯める」ための規則を作っておいて一方で「倫理的に行動せよ」という論理は成立しない。
「角を矯めて牛を殺す」では助かる患者も助からないと、医療はほかの社会業務とは別に考えるのが国際的な基準である。刑事責任を問われることない日本以外の国においても、民事責任を問われる危険性を避けようとすると、保護的(保身的)医療につながってしまう傾向に至ると指摘されている。医療事故で刑事に付される可能性のないアメリカでさえ、(民事賠償の負担回避のために)産科医や小児科医、脳外科医が消えてしまった州や地域が続出している。日本はその上に刑事責任を問われるので、保護的(保身的)医療へ向かう傾向が強いことになる。

4.おわりに
医療崩壊に関して、医療への無理解から現状は悪化させる力が働いている。「患者の安全文化を創る」ことから導き出される世界的・標準的な了解事項は、医療の存立基盤からも患者の利益からも導き出される合理的な考えである。現在、日本は患者に被害を及ぼすだけの非理性的な対応をとっている。患者への被害を増やさないためにも、日本も国際標準に従うように望みたい。なお、診療関連死の問題では、現試案から「警察への届出」を削除しても、その意図するところは何ら損なわれない。かりに、刑事事件になる可能性のある事例が診療関連死に含まれていたとしても、解剖法の規定に「(必要ある場合には)警察への届出」があるので対応はできている。
一方、医療界自体も患者の権利の認知や透明性の確保など、いまだ十分と言えない。ここに述べた診療関連死の課題に限れば、医療界が率先して医療の透明性を高めることや事故が起きた場合の患者・家族への謝罪、事故を起こした医療従事者への対応(再教育・訓練等も含めて)などに関して自律的姿勢と方策を示すことが患者や家族側の理解を得るには必須と思う。患者や家族も含めた関係者が医療への理解を深め、「反目しあうよりは協調して医療改善への努力」をすれば、医療崩壊を抑止する一助となることが期待できると思う。

参考文献
1. 厚生労働省、診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案-第二次試案-. http://www.mhlw.go.jp/shingi/2007/12/dl/s1227-8c.pdf (2008年1月16日アクセス)
2. ジョージ・J・アナス、谷田憲俊監訳、NPO法人患者の権利オンブズマン編訳.患者の権利 患者本位で安全な医療の実現のために.東京:明石書店、2007
3. National Patient Safety Agency. http://www.npsa.nhs.uk/ (2008年1月16日アクセス)
4. 木下勝之.刑事訴追からの不安を取り除くための取り組み ―診療行為に関連した死亡の死因究明等の在り方に関する試案―第二次試案―について―. 日医NEWS 第1110号(平成19年12月5日) http://www.med.or.jp/nichinews/n191205k.html
5. カテーテル挿入ミスで医師を書類送検へ. 下野新聞、2006年3月13日
6. 医療事故に警察が出るのは日本だけ.読売新聞、2003年8月1日
7. The Patient Safety and Quality Improvement Act of 2005. http://www.ahrq.gov/qual/psoact.htm (2008年1月16日アクセス)

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